母との別れ

認知症が発症して、はや5年・・・ぐらい。

いつ発症しかのか、よく分からないから。

きっかけは、乳ガンの手術ではないか?と主治医からは言われている。

1年前にパーキンソン病の疑いが出てから、認知も筋肉の委縮も一気に加速した。

去年の3月に、突然、自力で立てなくなり、整形外科に行くと、もっと大きな病院で

「神経内科を受診せよ」と勧められた。

それが意味するところは明確で。

夏には、ひとりで歩くと、前方に加速して、止まれなくて、転んで、倒れる。

いつか骨折するんじゃないかと思っていた。

秋になると、おもらしをするようになった。

トイレに行きたいと思ってから、行くまでに時間がかかって、結果、漏らす。

パッドをしておかないと、布団も廊下もトイレもびちゃびちゃ。

筋肉に力がないから、おならも頻繁。伴って、うんちも漏らすようになる。

冬になると、足の形が変形してきていることに気付く。

リウマチのようになっている。でも、違うらしい。

我々は仕事をしている。仕事をしないと、ごはんを食べていけないからだ。

母の介護にかかりきりになることは出来ない。

そこで、昨年の夏頃から、特別養護老人ホームの申込みを数十件、していた。

先週、そのうちのひとつから連絡があり、母と早急に面談をしたいと。

トントン拍子に話しは進み、来週の火曜日からお世話になることが決まった。

とても綺麗で衛生的で、老人ホームという概念が覆される。

トイレもお風呂も広くて綺麗。

個室だから、プライバシーも守られる。

でも、誰かが常に、気にかけてくれている。

寂しくない。

もう、何が何だか分からない脳なのだし。

夏は冷房が効いて、冬は暖房でぬくぬく。

最高の環境に、連れて行ってあげられることになった。

正直、他人の力を借りて、国からの援助は全て受けることをすれば、介護って

何とかなるんだと思った。

八方塞がりの事態は、自宅での介護だと思う。

見ている人が滅入ってしまうから。

仏のようには、なれないよ。人間だもん。

他人に任せることを正当化しようと思ってるわけじゃない。

病気だと分かっているけど、母を恨み、憎む気持ちが起きないワケじゃない。

頭にくることなんて、毎日だった。

その感情から解放され、母への気持ちが変わるのなら、もう、国の力を借りようと

家族で決めたんだ。

あと3日で、ひとまず、母との生活に区切りがつく。

近所のホームだから、会いに行くことも出来るし、永遠の別れじゃない。

ひとます。

言い方悪いけど、肩の荷が下りた。

薄情な人だと非難したい人は、心の中で思っていてください。

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by nori-loreley | 2015-01-24 23:08 | myself
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